鵬できる年齢 同意をとるくぎ年齢 年齢差 平均値
129 14.9 186騨儲 457
3.95納得できる年齢 同意をとるべき年齢 年齢差 平均値 11.9 14.1 2.11
と考えられる.よって,ここでの「納得」は「理解のこと」であり,「同意」は「自己決 定」のことと解釈されるため,「分かっていること」と「自分で決めること」との間に何 らかの意識の差があるのではないだろうか.インフォームド・コンセントの,「inforlned」
(`情報提供)は「理解」のためには必要であり,「consent」(同意)は「決定」に必要とな るものである.つまり,子どもでも「納得」のために情報提供は必要であり,同意のた めではなく,「理解・納得のための情報提供」という「アセント」に極めて近い「informed」
(情報提供)が,子どもに対し必要であるといえる.
よって,大人も中学生も,「納得できる年齢」よりも「同意をとるべき年齢」が有意に 高かったということは,両者共通してインフォームド・コンセントとアセントとの違い を区別していると考えられる.
次に,「納得できる年齢」においても,「同意をとるべき年齢」においても,大人と中 学生では有意差があり,大人の方が中学生より高い年齢で,納得できるあるいは同意を
とるべきだと回答したことについて考察してみたい
まずこれらの結果から,中学生は質問の当事者であり,自分の考えで回答を選択して いるが,その年齢で既に「納得できる年齢」であり,「同意もとるべき年齢」だと考えて いると推測される.一方,大人は「納得できる年齢」については,自分の中学生年代を 思い出すか,身近な中学生を想定するかなどによって判断しているならば,当然当事者 の意識とのズレが生じる.また「同意をとるべき年齢」については,そのようなズレと 共に,現代曰本社会の法的制度を意識したと考えられる.例えば,様々な年齢制限があ るが,15歳で労働することができ,女子は16歳男子は18歳で婚姻関係を結ぶことがで き,成人としての権利行使は20歳というように,法的制度も意識しながら,大人は回答 したと考えられる.その根拠は,特に「同意をとるべき年齢」について高い回答率がみ られた年齢が,丁度,法的制度に関連する年齢であったことが上げられる.
第S節思春期の子どもとケア的視点に基づく対応の必要性
,思春期の子どもの意思決定の現状については,医療者の対応は,子ども自身が希望す る対応ではなく,医療者は患者の納得が必要という考えから,子どもの理解の程度に関 わらず説明を行っており,子ども一人一人の理解や感情に配慮した対応ではないことが 明らかとなった.そして,そのような対応を生み出している医師の考えの特徴は,子ど もへの対応に自信が持てず,子ども本人の納得を重視しているにもかかわらず保護者へ の説明が重視され,結果として子ども本人への呼びかけや質問さらには分かり易い説明 への配慮に欠けるものとなっている現状が浮かび上がってきた.
そして,大人と中学生の医療者に対する認識を比較すると,大人の方が中学生よりも,
人間関係への配慮を求め,中学生は人間としての権禾|」意識から医療者へ納得いく説明・
配慮を求めているといえる.
122‐
『!
表大人と中学生が納得するため「二頼りにした人についての複数 回答
大人
(、=146) 中皇芦生 (、=346)
大人 (、=146)
中与自生
(、=346) 有意差
人 96
|医師 看護師
B1L51157-5 1191119911**
22.61119.1 33 66
869113.2 13
密生 外先 蝿壁嚥摩 》箒》》》
友子そ未1111**
5.5 1.2 F1L●● 』’
2.11138.7 31113411**
2-11120-2 3 7011**
|表大人が頼りにした
!「その他」の内訳(人)
3.2 11
32 illl
頼りにした人|人
2.3 EIL●』
4-3 15
配偶者 13
8-9 13
資料・PC
89 13 3
6.8 10
親戚
かかりつけ医 計
ロ■Ⅱ■
12.3110.9 18 311** P■Ⅱ■
12.311隼22-s 18 7911**
18
**,Pく0.01
上記の表は第2部第6章第3節に掲げたものであるが,これより,大人は中学生より 有意(P<ool)に医師や担当以外の医師を頼りにしていると考えられ,一方,大人より 中学生の方が有意(P<ool)に母親と父親を頼りにしていると考えられる.また,「その 他」への回答率は大人の方が中学生より有意(P<0.Cl)に高く,頼りにしているが,そ の内容は配偶者が多く,次いで資料やホームページが挙がっていた.もう1つ大人より 中学生の回答率が有意(P<0.01)に高かったのは「末回答」であり,中学生の22.8%も 回答しなかったことが分かる.このように大人と違い医師を頼りに出来にくい中学生に 対しては,大人に対するよりもさらに信頼関係を作る配慮が必要であると考えられる.
表大人と中学生からみた納得いく説明を医師に求める理由に関する回答比較 大人 中学生
、=346 大人
、=146
中学生
、=346
項 |』『’ 、=146 有意差
%
人
①自分が持ってうまれた権弔jだから 13 196 8-9 599% *末
②同じ人間として尊重されるのは当たり前だから 14 178 9:6由 543% **
③自分にとって最善(一番良いこと)だから 35 187 240 57-2% **
④自分の体に対する検査や治療だから 101 289 692 87.3% **
⑤納得して検査や治療を受けたいから 122 265 83-6 80.5%
⑥説明するのは医師としての責任だと思うから 65 203 44-5 61-7% **
⑦よい人間関係を結ぶためには必要だから 35 67 2尋.。 20.7%
⑧検査や治療がうまくいくために必要だから 60 204 41-1 62.0% **
⑨検査や治療について医師を訴えるときに備えるため 函 94 1-4 287% **
⑩どうしてその検査や治療を受けるのか知りたいから 84 243 57-5 741% **
⑪気持ちが落ち着かないから 20 125 13-7 389% *。【
…鐸~…韮…--J_;**,Pく0.01
同節に掲げた上記の表によれば,なぜ緋|得いく説明を医師に求めるのかという理由に ついては,大人も中学生も変わらず,「納得して検査や治療を受けたいから」という回答 が多く8割以上を占めたが,中学生が最も多く回答(87.3%)した項目「自分の体に対す る検査や治療だから」については,大人よりも有意に高率だった.また,「どうしてその 検査や治療を受けるのか知りたいから」という項目には,大人よりも中学生が有意に高
123-
**。Pく0.01
=ラにノLと中皇芦と仁力、員釣.据帯。q得LL】<iヨi;1日日参B弓蔚Br逗司をイヤら鳧ヨ浬鈩hlごI調・才墓「百1婆亭Lk重さ
頼りにした人 人
配偶者 13
資料・PC 3
親戚
がが1Jつけ医
計 18
2欠人
(TI=146) 中学岸
〔TI=346) (rI=146)大人 中写皀生 (、=346)
人
有苣睾
医目而 81 57-5 119 199
冒騒E師 z2 19.1 33 GB
担当以外の医師 3.Z 13 T1
晨冒宅「 1.2 4
退調現 38.7 134 **
父!;現 ,nつ 70
父母以外の家力実 3-2 11
プ惹昌室 3-2 1T
f曰イニPrブT紫とt= 2.3
美幸已蟹毛け冒命 4-3 15
FE岩ボヨ・力売動耒 8-9 13
友人・知人 8-9 13
子」二t』 6.8 10
そぴうイH2 12.3 0-9 18
ラ慌面|答 12.3 フク尺 18 79
項目
大人
、=146 中学生
、=346 大人
、-146
中学生
、-346
①自分が持ってうまれた権弱lだから 13 T96 や置懸B-g 59-9%
②同じ人間として尊重されるのは当たり前だから 14 178 .、ミ.96甘品ざ, 54-3%
③自分にとって最善(一番良いこと>ブ皀から 35 187 24-0 Rアワ則
④自分の体に対する検査や治療だから 1。] 28 69-2 87.3%
⑤納得して検査や治療を受けたいから 122 26 83 8,.5%
⑥説明するの【ま医師としての壷任だと思うから 65 2C 44 61.7%
⑦よい人間【謁係を緒ぶたぬI里1よ必要だから 35 塾2印 20.7%
③検査や治療がうまくいくため'二必要だから 60 2C 41 62.0%
③検査や治療1-ついて医師を訴えるときに備えるため Z8.7% 未*
⑩どうしとその検査や治療を受けるのか知りたいから 8報 24 57 74」% 鋸*
⑪気持ちが落ち着かないから 20 125 13 38.9%
〈回答していた.
また,下記の表から明らかなように,依存自律傾向の程度によって,希望する説明に は違いがあるため,個々人の傾向性にも配慮した説明のあり方が求められると考えられ る.また,先に述べた中学生全体の希望に加えて,自律傾向の中学生には,常に治療や 検査内容の説明を行なう必要があり,心理的に揺れ動きの大きい中学生(中間群)には,
文書で作成した説明内容を元に説明し,中学生本人の理解の程度を確認するなどの配慮 が必要であると考えられる.
思春期という子どもに対する対応,それも医療という枠内での対応のあり方を考える ときに,従来ならば,親が子どもに対するように,パターナリスティックなかかわりで も許されたかもしれない.しかし,第1章第1節の子どもの概念で述べたように,現代 は子どもの権禾Ⅱ擁護が課題となっているため,医療者一子ども関係が,実質的に子ども の権利擁護となっているか否かが問われなければならないと考えられる.そこで問題に なるのが子どもの権利の内実であるが,鈴木74)が子どもの捉え方には二通りあること を明らかにしており,一つは「保護される客体(権利享有主体)としての子ども」,二つ 目は「自律する(権禾I行使主体)子ども」であり,医療などの決定をする権禾Iは後者の 権禾'1に入ると述べている.ここで医療における意見表明権を例にとれば,子どもが権利 行使主体として自律的に行動すること,自由に意見を言うことが認められるべき権利で あるといえるよって,パターナリステイックなかかわりが子どもの自律を目指した介 入であったとしても,介入自体に子どもが意見を表明することは認められなければなら ないと考えられる.
服部75)は権威の意味について考察する上で,医師のパターナリズムを引き合いに出 し,「自己決定の範囲は広ければ広いほどよく,個人にとって選択肢は多ければ多い方が よいと単純にいえるだろうか.」と述べ,責任やコストの増大,誤った選択の可能性の増 大などを理由として,権威による支援の必要性を挙げている.ここでは,「権威の支援」
という表現であり,介入とは述べられていないが,権威と表現される限りにおいては,
医療者と患者の間の能力・知識・技術の不均衡は明確であろう.子どもの意見表明権を 認めるべきものとするならば,権威からの支援を受けるか否かについても,子どもに選 択権があると考えられる.
パターナリズムと異なりケア的視点は,支援または介入が子どもの自律を目指したも のだけではなく,子どもとの相互関係の中で共感し信頼関係を育み,子ども自身が自己 の欲求や感情に気付き,困難を乗り越えていくための心理的支援も重要な要素となるも のである.そこには,「その人らしく」「そのままで認められる」ということが前提され ており,相互に影響し合い,学びあうという関係性が生じている.つまり,支援者側も 受ける側も相互に信頼を必要とするという意味での良き依存関係にある点で,パターナ
リズムとは異なると考えられる.
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